ベジガール

ベジ20代女性。大学で動物倫理・ビジネス専攻。

認知的不協和って?ベジタリアンが攻撃される理由

ベジでない人の中には、ベジタリアンに対して嫌悪感を抱いたり、攻撃する人がいます。その理由は認知的不協和にあります。

 

認知的不協和とは、心の中に生じた矛盾を解消しようとする心理作用を示すもので、フェスティンガー,C.によって提唱された。自己や、自己をとりまく環境に関する意見・信念・行動などを「認知」と呼び、認知的不協和理論では、その認知要素間に矛盾がある場合を「不協和状態」と呼ぶ。(心理学用語集サイコタム「認知的不協和論〈https://psychoterm.jp/basic/society/06.html〉)

 

つまり、思っていることと行動に矛盾が生じているときに感じる不快感です。

 

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ある研究によると、ベジタリアンと接しただけで、非ベジの人は神経を逆なでされ、認知的不協和が生じるといいます。人は、認知的不協和が発生した場合、それを払しょくしようとします。

自分の行動を変えるか、信条を変えるか、あるいは、最もよくある選択肢として、自分の行為を合理化するかです。

 

例えば

本当は黒のランドセルが欲しいのに、「女の子だから赤にしなさい」と言われたので、赤のランドセルを選んだ。心の中の「本当は黒がいいのにな」という気持ちは不快なので、「自分は赤が好きなのかもしれない」と信じ込み、赤のランドセルを選んだという事実を正当化・合理化しようとする。

このような状況は認知的不協和を払しょくしようとしている例と言えます。

 

ある研究で、人々は肉を食べることで、動物のことを、「感情を持たない、どちらかと言えば愚かな生き物であると見なすようになる」ということが明らかにされてきました。

自分たちが食べるために動物が苦しんで死んでいくと考えると、落ち着かない気分になり(認知的不協和の発生)、その気分をよくするために、動物は愚かで、いずれにせよあまり苦痛を感じることができず、苦しむこともないと思い込むのです

動物のことを思い浮かべず、動物と食べ物としての肉を分離する手法を「解離」と呼びます。解離によって肉を食べる習慣を継続しやすくしているものが、言語です。死んだ牛に「ビーフ」、豚を「ポーク」、馬を「さくら」と呼んだりすれば、死んだ動物とスーパーに並ぶ肉が別物であると、切り離すことができます。

 

また、肉に関連する認知的不協和が発生したときに取られる行動として、注意を向ける方向を肉食ではなくベジタリアンの人々に移すというものがあります。ベジタリアンを矛盾に満ちていて道徳的にずるい人間、偽善者だとすることで、非ベジの人々は自分の内部にある葛藤を鎮めることができるのです。

 

 

ホリエモンvsヴィーガン男子(Youtuber)

肉に関連する認知的不協和を払しょくするために、肉を食べない選択をする人々を攻撃するという例として、2018年春に日本のタレントのTwitter上で行われた批判的内容の投稿があります。

かねてよりヴィーガンを批判する内容をTwitterに投稿していたホリエモンこと堀江貴文の2018年4月上旬の投稿が炎上しました。

彼の主張は、ヴィーガンを押し付けるな、肉を食べにくい世の中にするな、自分の考えに反するヴィーガンは「気持ち悪い」し「クソ」だから「潰す」、というものです。

彼の言う「肉を食べにくい世の中」というのは、神経を逆なでされ、認知的不協和が起こる世の中なのではないでしょうか。

ベジの人の中には、肉食の残虐性を唱え、食卓にのぼる肉と命ある動物とを結びつけようという広報活動を行う人がいます。牛・豚・鶏はビーフ・ポーク・チキンではなく、とても賢い動物であり、人間が食すために苦しむべきではないというのです。

人々に自分が食べる肉について考えるきっかけを与えることになるので、とてもいい活動だと思います。

でも、これは認知的不協和から逃れようとする人々にとってはかなりやっかいで、いわば彼らは気持ちよく肉を食べようとする人々の敵と言えます。

「そんな目障りなやつらがいなければいいのに。」

これがベジタリアンヴィーガンといった肉食をしない人に対する攻撃の原因となるのです。

 

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参考

マルタ・ザラスカ、小野木明恵訳『人類はなぜ肉食をやめられないのか』(2017)、インターシフト