ベジガール

ベジ20代女性。大学で動物倫理・ビジネス専攻。

手作り安心。オーガニックデオドラントの作り方。

毎日、暑いですね。

じんわり出る汗。滝のように流れる汗。

そして、臭い。

市販のデオドラントや汗拭きシートを使うのもいいですが、それ、ほんとに大丈夫?

 

目次

 

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市販のデオドラントの危険性

 

汗を止める

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「汗腺をふさいで、汗をブロック!」「ずーっとワキさらっさら!」

なんて、デオドラント製品の宣伝でよく耳にしますよね。

確かに、あの恥ずかしい汗ジミや不快なベタベタ感を防止してくれるなんて、とっても魅力的。

でも、ふと疑問に思いませんか?

本当に汗を止めちゃっていいの?

 

鼻の毛穴詰まりは気にするのに、ワキの汗腺をふさいで汗を出ないようにするって、変じゃないですか?ワキならどんどん詰まってくださーい!みたいな。

 

ワキも、制汗剤が原因の毛穴詰まりによって色素沈着したり、ぶつぶつができてしまったりします。

また、半身浴でデトックスができるように、汗をかくことは老廃物を排出する効果もあります。

汗を止めるよりも、健康的に汗をかくことの方がずっとよいですね。

 

デオドラントに含まれる発がん性物質

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デオドラントが原因で、がんになることが危険性が高まることはご存知ですか?

近年、さまざまな研究で、がんとデオドラント商品の関係性が発表されています。

 

デオドラントによく使用されるアルミニウムが、がんを引き起こすと言われています。

お肌に塗ったアルミニウムが皮膚に吸収されていくのです。

また、ワキの下という、乳腺に近い場所で使用するため、特に乳がんを引き起こす原因となると言われています。

 

じゃあ、どうする?やっぱり安心な手作り。

 

毎日使うデオドラント、ワキの肌荒れを引き起こしたり、毎日少しづつ発がん性物質を体に取り込んでいるなんて…。

でも、汗の臭いが気になる時期、デオドラントを使わずにはいられませんよね。

私は、デオドラントスプレーを手作りしています。

 

オーガニックデオドラントスプレーの作り方

 

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作り方はとっても簡単。

材料をすべてスプレー容器に入れて、ふたをし、振るだけ。

 

朝使ってにおい予防として、汗をかいたお肌をさっぱりさせるふき取りスプレーとして、蒸れる足のにおい対策として、頭のにおい対策として…

靴の消臭スプレーとしても使えます。

 

材料

エッセンシャルオイル(ラベンダー、ティーツリー) 各5滴

精製水 40㎖

無水エタノール 10㎖

 

使い方 

使う前には容器をよく振りましょう。

朝使う場合は、服を着る前に全身に軽くスプレーします。(顔は避ける)

汗をかいた後は、ハンカチなどで汗を抑えた後、体にスプレーし、ハンカチで体を拭きます。

 

お好みで、ミントやハッカなどのすーっとするエッセンシャルオイルを使用すると、ひんやりスプレーになります。

エッセンシャルオイルはお好みで少し濃度をあげてもよいですが、お肌の弱い方は濃度低めから初めて様子をみてください。

 

私はかなり汗っかきで、この時期外にでると滝のように汗をかき、においも気になるのですが、

外出先ではトイレの個室などで半裸になって汗を拭き、このスプレーを頭からつま先まで浴びています。

すると汗くさい暑そうな女から爽やかな香りの涼しげな女性に変身できます。

これひとつで全身つかえるところも魅力的。

 

そして、なくなってもまた作りたせばよいので、経済的だし、ゴミも減らすことができます。

なにより、ナチュラルな成分だから安心安全です。 

効果も市販のものには劣りません。

 

ぜひ、お試しください。

 

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リアル毒キノコを見つけた話。

去年の夏、スコットランドでハイキングをしていたときのこと。

雨の多いスコットランドは芝生がいつも濡れていました。

 

湿った森に発生するもの。

それは

キノコ

 

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こんなキノコがそこら中にたくさん。

これ、実はてのひらサイズくらいありました。

 

そして、このあと衝撃が。

なんと、人気ゲームでよく見るアレの実写版を発見したのです…

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画像お借りしました。

これです。

ちょっとグロいので閲覧注意です。

 

いきますよ。

 

はい!

リアル毒キノコ~!

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大量発生…!

 

こんなの初めて見たので、とっても衝撃的でした。

しかし、わかりやすく毒々しいな。

きもい(笑)

 

ドイツ人の彼氏によると、こんなのはよく見るとのこと。

日本にもあるのかな?

夏に食べたくなる?ベジじゃない意外なあの料理3選

毎日暑いですね。

こんな時には、暑い夏にぴったりのあれとかあれが食べたくなっちゃいますね。

その中から、実はベジじゃないものを紹介します。

ベジのお客様をお迎えするときは、以下のものに気をつけてくださいね。

 

1.ゼリー

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さっぱりつるんとしたゼリーやゼリー寄せは夏のおやつにぴったり。

でも、ゼリーの原料であるゼラチンは、動物の骨などが原料となっているので、ベジではありません。

寒天を使ったものは植物性なのでベジです。

成分表示に「ゼラチン」がないかを確認しましょう。

ベジ仕様⇒寒天

 

2.めんつゆ

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 夏の風物詩の流しそうめんやざるそばにかかせないめんつゆには、鰹節など魚介類のだしが入っているので、ベジではありません。

ベジ仕様⇒自家製(醤油、昆布・椎茸だし、みりん)

 

3.かき氷

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 凍った水と砂糖だけじゃないの?と思いますが…

問題はこの色。いちご味の赤の色を出すための着色料として、コチニール色素というものが使用されています。コチニール色素とは、真っ赤な色素を持つカイガラムシという虫からできているのです。

この色素、実はかなりやっかいで、意外といろいろなところに入っています。

桜味などピンク色の食品が多く出る春にはとてもよく見かけました。

ベジ仕様⇒いちご味(赤)以外を選ぶ

 

 

いかがだったでしょうか。

お肉が入っていないから大丈夫、というわけではないのです。

 

ベジタリアンだから食べられる物が少なくてかわいそう」

という声をよく耳にしますが、ベジである私から言わせてください。

そんなことありません!

探してみたら意外とあるし、そもそも自炊したらなんでもできます。

今年のお正月には、おせちやお雑煮だって食べました。

友達とバーベキューだってします。

ベジであることをネガティブなことだと思ってほしくないです。

ベジの人たちは、みんなハッピーですよ(^^)

 

なんでベジタリアンなの?動物の死と肉食が釣り合わないから。

「お肉を食べないとか、なんで?」と聞かれたら、どう答えますか?

「かわいそうだから」も、もちろんありますが、倫理的なものでは

 

動物の死とあなたが動物の肉を食べることによって得られるメリットが釣り合わないから、食べるべきではない。

 

というものがあります。

 

倫理学者のシンガーは以下のように言っています。

自身に対するごくわずかなコスト(ないし害)で、ある関係者(party)に対する大きな害を軽減することができるならば、それを行う道徳的な義務がある」(Singer 1972:231)

 

plantbaseddream.hatenablog.com

 

普段、スーパーやレストランで見かけるお肉は工場で生産されています。

切り身にするところからじゃありません。

育てるところからです。

 

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家畜となる動物は「牧場」と聞いてイメージするような緑豊かな環境とは程遠い、ひどい環境で殺されるために育てられます。

 

現代の食肉生産システムにおいて家畜が耐えなければならない苦が、人間が肉や他の畜産物の消費から得るメリットを上回るので、そのような苦に加担しないようにしよう、お肉を食べないようにしよう、となるのです。

 

他の動物の命が、その他の動物(人間)の「お肉食べたいな」とか(代替品を選択できるときに)「健康の為にお肉だから食べる」という高等欲求よりも重要であるなんてことがあるのでしょうか?

 

肉を食べないというコストで家畜に対する害を軽減できるならば食べるべきでないのは明白です。

 

「家畜なんだから」とか、「人間と動物は違うから」とか言う人は、命の差別をしています。

豚1匹の命と、人間1人の命では、どちらか価値が上ですか?

あなたの愛犬の命と、大量殺人を犯した死刑囚の命では、どちらか価値が上ですか?

 

関連記事はこちら↓ (救命ボートの実験)

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ただ、シンガーは

人間の生活に不可欠な場合や苦悩を伴わない屠殺が行われる場合、害と快のつり合いが変わるため、必ずしも菜食主義を帰結しないとしています。

畜産動物には個体的な死の観念が欠落しており、それゆえ「死」が人間と同等の重みをもたないことを認めているのです。

動物が「死」という概念を理解しているのかどうかははっきりしていません。

動物の種にもよるでしょう。

しかし、彼らの多くが痛みや苦痛を感じていることは証明されています。

つまり、多くの動物にとって、「死」そのものよりも苦痛のほうが重大な害なのです。

痛みを含む感覚を持つ動物(sentient animal)の死はそれ自体としてではなく生を継続する機会を奪う「手段的な危害」(instrumental harm)であると言えます

「死」は苦しみと痛みの副次的な結果なのです。

 

まとめ

  • 私たちは、動物の死と動物の肉を食べることによって得られるメリットが釣り合わないから、食べるべきではない。
  • 「お肉を食べたい」という気持ちを我慢したり、代替品によって解決できる問題を代替品で解決することで、動物製品として消費される運命だった動物に対する大きな害を軽減することができるならば、それを行う道徳的な義務がある。

 

関連記事

 

動物はダメで植物はOK?

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 お肉なしで栄養は摂れるの?

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なんか偽善的じゃない?

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倫理学的には?エライ人はなんて言ってるの?

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やっぱりなんか共感できないんだけど…

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参考

ベジタリアンは偽善者?

生きることは、食べること

食べることは、(動物であれ植物であれ)他の生命を奪うこと。

生命は、他の生命を破壊することで維持されています。

 

ベジタリアンヴィーガンだって、そうです。

動物は殺しませんが、植物は殺します。

 

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「生き物を殺すのはよくないから、動物を食べない。でも植物は食べる。」っておかしくない?植物も生きているのに!

という考えから、ベジが偽善的であるというイメージを持つ人も多いです。

 

だからといって、

「生きるためには絶対に何かを殺さなくてはいけない。動物と植物を差別するのはおかしいし、それなら差別せずに何でも食べてやる!お肉も魚も野菜も食べる!」

というのはどうなのでしょう?

 

倫理的には、絶対に何かを殺さなくてはいけないとき、それを最小限に抑えることが正しいです。

このとき、やはり菜食は倫理的に正しいのです。

 

こちらの記事に詳しく書いてあります。

 

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「生命の保存」とは「生命の解体」であり、これは「生命の大いなる逆説」(Kass 1999:54)です。

この逆説に目を背けず、向き合いましょう。

 

以下、ジョン・マクフィーの『アラスカ原野行』からの引用です。

 

人々は生と死の概念を切り離す。しかしこの土地に身を置けば、彼らの死生観全体が変わる。森は、殺すものと殺されるものから成り立っている。生とはどこまでも、死から築きあげるものなのだ。生と死は二次元的なものではない。(中略)呼吸することがそうであるように、死は生の一部なのだ。(McPhee 1997:416)

 

参考

お坊さんはお肉を食べてもいいの?お坊さんに聞いてみた

仏教といえば、

精進料理

殺生を禁ず

穏やかなお坊さん

などというイメージがありますよね。

動物を殺して、食べるなんて!という感じ。

確かに、仏教徒の多いインドではベジタリアンの人口も多いです。

同時に、仏教徒の多めの日本では「宗教的理由でベジタリアンです!」と言う人に出会ったことはありません…。

 

仏教的には、「肉食」ってOKなのか?

 

という疑問がわいてきました。

 

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仏教の教えには、

三種浄肉論(さんしゅのじょうにくろん)

というものがあります。

 

自分に提供する目的で動物を殺すのを見た、あるいは聞いた、またその可能性があると考えられる肉は食べてはならないという教え。

この教えでは、道端で死んでいる動物の肉を食べることはOKです。

(殺されるところを見ても聞いてもいないし、自分が食べる為に死んだ可能性もないから)

 

大乗仏教の成立で肉食は全面的に禁止されました。

またヤマトでは、仏教伝来当初の六世紀から、僧侶に肉食を禁じました。獣肉に限らず、鶏や魚も含まれていたと考えられています。

 

仏教徒はお肉を食べてはいけないのでしょうか?

仏教の肉食禁止が世俗社会(一般の人々)に直接影響を与えたわけではありません。

「忌み籠り」の期間中に生類を殺さず、それを食べることをひかえる習慣が国家的な仏事の本格的導入にあたって仏教の文脈に読み替えられた可能性が高いと考えられています。

 

知り合いの浄土真宗のお坊さんに、お肉を食べるか聞いてみたことがあります。

彼いわく、「焼肉めっちゃ食べます。」とのこと。

(ちなみに、浄土真宗では頭を剃らなくてもよいので、彼の髪はふさふさです。)

レストランやスーパーで手に入るお肉は、屠殺現場を目撃していないのでセーフだそう。

 

なんかやっぱりもやもやしたものが心に残りましたね…。

 

まとめ

 

仏教の教えでは、

自分に提供する目的で動物を殺すのを見た、あるいは聞いた、またその可能性があると考えられる肉は食べてはならない。

 

もちろん、宗派によって異なることもあるようですので、ご注意ください。

 

 

関連記事はこちら

 

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 参考

 

お肉を食べると法律違反?天武の殺生禁止令

日本でのベジタリアンといえば、精進料理とかマクロビを思い浮かべるかもしれません。

長い日本の歴史の中で、お肉を食べることを禁止されていた時代があったのをご存知ですか?

そもそも、日本人はいつからお肉を食べていたのでしょうか?

 

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天武の殺生禁止令(675年) 

天武天皇四年卯月庚寅条。

「今後、漁民・猟師は、落とし穴をつくったり仕掛け弓などを設置したりしてはならない。また、四月一日から九月三十日までは、河川にヒミサキリ簗を設置してはならない。くわえて牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食べてはならない。これ以外は禁止しない。もしこの禁止令に違反する者がいれば罪科に処する。」 

 

日本書紀』に、天武天皇によってウシ、ウマ、イヌ、サル、ニワトリといった人間の身近な動物の肉食を禁じる殺生禁止令が出されたと記されています。

 

逆にそれまでは、このような動物の肉食は常であったことがわかります。この法律は少なくとも675年には日本人はお肉を食べていたということを示します。

特にイノシシとシカは「シシ」として最もよく食べられていたと言われています。

 

この法律は、「お肉一切禁止!」というものではなく、4月1日から9月30日までの半年間の禁止期間外や、定められた動物以外の肉食は禁じられていません

だから、この法律は「肉食禁止令」とは言えないのですね。

 

なぜ、このような法律が制定されたのでしょうか?

その背景には、以下の2つが考えられています。

 

1.国家思想としての仏教の普及:仏教は殺生を戒めるゆえに肉食を禁じる。

 

2.国家としての実利的な政策:肉食の禁止期間(4月1日から9月30日)は農繁期、10月から3月は農閉期にあたる。食料生産の向上の困難により慢性的な食糧危機が続いていた古代日本では、狩猟を禁じ、農業生産を中心に行うことを企図したと考えられている。

 

ただ、天武の殺生禁止令には様々な解釈があり、

 

●「四月一日から九月三十日まで」なのは「河川にヒミサキリ簗を設置」することだけなのではないか?(「四月一日から九月三十日まで」がかかる文の解釈)

 

●法令発令前後はかんばつや飢餓が深刻だったから発令されたので、水田稲作の期間に限定した禁令とは言えないのではないか?

 

●4~9月は国家的な仏事が行われる準備期間であったとも考えられているため、国家的仏事にのぞみ、人民に精進潔斎を命じたのではないか?

 

などという意見もあります。

 

 

 参考